新聞の連載小説と挿絵の幸福な結末

 2015年4月1日から朝日新聞紙上で沢木耕太郎さんによる連載小説『春に散る』が始まりました。

 挿絵は中田春彌さん。単行本は所持していませんが『月刊IKKI』で連載していたことは認識していました。しかしながら、単行本3冊しか刊行していない作家が起用されたことに驚きました。

 休刊までの数年は『月刊IKKI』を買わないことも増えていましたが、良質な作品を輩出するブランドとして信頼していたこともあり、『春に散る』の切り抜きをはじめました。

 連載小説を単行本化した際の挿絵について、北上次郎さんと大森望さんによる書評対談「読むのが怖い!」の中で宮部みゆき『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』をとりあげながら、以下のやりとりがありました。

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北上次郎

 今は、雑誌や新聞に載る小説には挿絵があるけど、単行本に挿絵がつくってことは少ないんだよね。昭和40年代の前半まではあったんですよ。今でも僕、古本屋で、中にもカバーにも箱にも挿絵がついてる単行本を見ると、そんなに高くなければ買っちゃうんですよ。風情がすごくいいんで。

 ところが最近はめったに見かけなくなっちゃって、ちょっと寂しいなっていう気持ちがあったんですよね。でもこの『あんじゅう』、新聞連載のときの、南伸坊さんの挿絵がいっぱい載っていて。これがすばらしい。

 

 大森望

 そう、ページの下のほうに余白があって、すべての見開きに挿画が入ってる。福音館書店の<ボクラノSF>から出た北野勇作さんの『どろんころんど』にもいっぱい絵が入ってて、こういうのいいいなあと思ったんだけど、『あんじゅう』はさらに数が多い。

 

北上次郎

 今は、ライトノベルとか児童文学にしか、イラストって入ってないけど、昔は大人向けの本でもいっぱいイラストが入ってたんですよ。(中略)だから、この本が挿絵の復権のきっかけになってほしいなって、これを見ながらしみじみ思いましたね。

 

『SIGHT vol.45』10年秋号/ロッキング・オン

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 『あんじゅう』が挿絵の復権に対するきっかけになったのかはわかりませんが、07年1月まで朝日新聞で連載された吉田修一『悪人』は10年7月になって束芋『惡人』として挿絵集が刊行されました。

 連載時は旧字体の『惡人』のタイトルロゴを見慣れていたものの、単行本では『悪人』に改まっていたので、連載をスクラップしていたこともあり、単行本は買いませんでした。なので、3年後に『惡人』が刊行された時は『惡人』に再会した気分になりました。

 その後も、朝日新聞の連載小説は単行本とは別に、『ガソリン生活』『聖なる怠け者の冒険』は挿絵集が同時に刊行されました。

 松尾スズキさんによる朝日新聞での連載『私はテレビに出たかった』が先日書籍化されました。表紙は連載時の吉田戦車さんではなかったので、挿絵集の刊行を待ち望んでいます。

 

・書籍情報

束芋『惡人』(10年7月30日 刊行) 

伊坂幸太郎『ガソリン生活』(13年3月30日 刊行)

寺田克也寺田克也式ガソリン生活』(13年3月30日 刊行)

森見登美彦聖なる怠け者の冒険』(13年5月30日 刊行)

フジモトマサル聖なる怠け者の冒険【挿絵集】』(13年5月30日 刊行)

松尾スズキ『私はテレビに出たかった』(14年12月30日 刊行)

 

・連載期間

『惡人』06年3月24日~07年1月29日

聖なる怠け者の冒険』09年6月9日~10年2月20日

『ガソリン生活』11年11月21日~12年12月10日

『私はテレビに出たかった』12年12月11日~13年12月28日

 

 朝日新聞の連載小説について書き連ねましたが、連載小説と挿絵が幸福な結末を迎えた例を1つ思い出しました。

 伊坂幸太郎さんと花沢健吾さんが「週刊モーニング」に連載した『モダンタイムス』です。

 花沢健吾さんの挿絵を全収録した特別版と小説のみの通常版の2種類が同時に刊行されていました。

 

 

 書評対談のなかで触れられていた<ボクラノSF>について少し補足します。

 福音館書店<ボクラノSF>シリーズは09年2月に刊行がはじまり、15年1月に久々の刊行がありました。『シンドローム』にはほぼ全ページで西村ツチカの挿絵が載っているので、ただ表紙を描きました、ってのとは全然違います。

 6年で6冊しか刊行されていませんが、この量の挿絵を引き受けてくれるマンガ家はなかなかいないでしょうけど、祖父江慎さんの装丁も素敵なので刊行が続いて欲しいところです。

 以下が全6冊の刊行リストです。

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『海竜めざめる』ジョン・ウインダム作 /星新一 訳 /長新太 画

『闘技場』フレドリック・ブラウン作 /星新一 訳 /島田虎之介 画

『秒読み』筒井康隆 作 /加藤伸吉 画

『すぺるむ・さぴえんすの冒険』小松左京 作 /杉山実 画

『どろんころんど』北野勇作 作/鈴木志保 画

『シンドローム佐藤哲也 作 /西村ツチカ 画

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 新聞の連載小説を最初に意識したのは「週刊文春」03年11月13日号に掲載された坪内祐三「文庫本を狙え」がきっかけです。

 「赤瀬川原平の小説『ゼロ発信』が読売新聞朝刊に連載されていた二〇〇〇年一月から六月にかけてあの幸福な(といってもそれはささやかな「幸福」であるが、そのささやかな「幸福」こそは真の「幸福」につながる)日々(朝)を私は忘れない。」

 06年当時、無職だった私は祖母の軽トラックに乗って市街地の新聞店へ朝日新聞を買いに行き、掲載された『惡人』を切り抜く日々を過ごしました。その時の私は無職だったけれど、その日々は、たしかに幸福な日々でした。