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音楽を言葉で伝えるということ。

 

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 石井恵梨子さんのツイートを見て「誰だよ、しょぼいレビュー書いたのは?」と思い、「週刊SPA!」を買いました。

 

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 石井さんは、誰々のレビューがダメだ、とは書いていません。なので、ここから先の見解に対しては私に文責があります。

 

 「週刊SPA!」の「カルチャーフェス2015」というタイトルが付いたレビューページには「最新&最強レビューでオーガナイズ!」というキャッチコピーが付いています。

 6月16日号の場合、映画、DVD/BD、本/コミックのページのあとが音楽のページです。そのページに載っているレビューは計3本。

 

 3本を字数の多い順に並べると以下のようになります。

  • 妹沢奈美 /MUSE『DRONES』  17字×46行=782字
  • 渋谷直角 /西野カナ「もしも運命の人がいるのなら」 18字×36行=648字
  • 兵庫慎司 /降谷建志『Everything Becomes The Music』 20字×26行=520字

 

 3本を読んで、買おうという気になったのは、MUSE『DRONES』です。「3人がアカペラで歌う最終曲」とあり聴いてみたくなりました。

 西野カナについては、自分を「5~6歳の甥っ子」という設定にして聴く必要がある、とあり、いちいちそんなことしてる暇はないので聴く気になれません。

 

 降谷建志『Everything Becomes The Music』については、どういう作品なのかが全く分かりませんでした。字数が少なかったというマイナス要素はあれど、レビューから分かったことは「Dragon Ashがあるのに、ソロに踏み切ったんだから凄い作品です」ということ。

 最後の文は、「どうあっても闘いの音楽をつくってしまう降谷建志の業に、ファンでなかった人も向き合える機会として最適の作品だ」。

 「闘いの音楽」や「業」という強い言葉。インタビュー前のリード文なら通用するかもしれないけれど、読者が熱心な音楽ファンばかりではない「週刊SPA!」のレビューページに載る原稿としては適してない、と言わざるを得ません。

 

 音楽を言葉にすることは大変な作業です。「鹿野淳による、音楽メディア人養成学校音小屋」の生徒の一人がブログで書いていました。

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 音楽に関する文章は、こんな、わかったような気がする言葉ばっかりだ。それを書いている人はきちんと理解したうえで使っていても、読んでいる僕らは、ああ、あんな感じね、とわかっているような気になって、さらっと読み飛ばす。そして、いざ自分で文章を書くときに同じ言葉を使おうとすると間違った使い方をしているんじゃないかと不安になって、こっそりGoogle先生に相談してみたりする。

 理解していない言葉を使うのは、とてつもなく怖い。よそから借りてきた言葉をむりやりねじ込んだみたいに、その言葉だけが文章の中で浮いている。

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 音楽を、そこで鳴らされている音を言葉に変換するのはとても大変なことなので、「そこに至るまでの物語」か「歌詞」に注目したレビュー、そして「強い言葉の羅列」が大半を占めます。

 

 「そこに至るまでの物語」は、バンドの中心人物がソロ活動をはじめることの理由とかフェスで年々大きなステージになっているとか、です。私がSAKEROCK『SAYONARA』について書いた文章もここに属するものです。

 

 「歌詞」に注目したレビューは、私がイルリメ「カレーパーティー」について書いたもののような文章です。COLDPLAY「Ghost Stories」のレビューとか、作詞したミュージシャン本人のことが投影されていると解釈しているものばかりでうんざりしています。

 

 「強い言葉の羅列」とは、たとえばこんな文章です。

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この曲は、クオリティーとエンタテインメントだけで出来ている。

音のクオリティーがエンタテインメントを実現して、

エンタテインメントによってのみ音のクオリティーが証明される、

それだけの潔いシンプルな構造だ。

その構造は、今の海外のポップ・シーンの基本になっている。

「◯◯らしさ」とか「本物志向」とか「魂を売る/売らない」とか、

そういう基準はもはや今の世界の新しいポップ・シーンの中では死語と化している。

 

そんな新たな潔い場所でこの曲は鳴っている。

 

日本のシーンはまだそこまで成熟していないから、この曲はたぶん相当な賛否両論を呼ぶだろう。

でも間違いなく音楽は「そっち」にこれから開かれていくはずだ。

 

インパクトある形で、彼らがその一歩を踏み出したことがめちゃめちゃ嬉しい。 

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これは、ブログ「山崎洋一郎のトリプル編集長日記」に掲載されたSEKAI NO OWARIの新曲「ANTI-HERO」について書かれたものです。

 

 強い言葉なら強い言葉なほど良い、というのはロッキング・オンの商売のうまさであると同時に、罪でもあります。Mr.Childrenの新作『REFLECTION』を最高傑作と言い切っているように、誌面に載るアーティストは、毎回毎回前作を更新した最高傑作をリリースし続けているかのように書かれています。

 

 CDが売れなくなった時代にあって、それでも作品を制作し続けるミュージシャンの労苦に応えるレビューになっているのでしょうか。

 つまんない作品にお金を出したくないから、レビューを読んで保険を掛けながら、CDを買っています。

 レビューを書いた人の解釈や評価を後ろ盾にして音楽を聴いているようなものだから嫌なんですが、ろくに聞きもしない作品を買うよりはいいのかなと言い訳しています。

 

 ミスチルの新作が出れば条件反射で買うけれど、新しいアーティストと出会うには音楽誌のレビューが欠かせません。

 これからも音楽誌や音楽ライターの方々の活躍に期待しております。よろしくお願いします。