「デビュー10周年記念」と帯に書かれた本書は、長年勤めた職場を退職した主人公が5つの仕事を転々とする連作短編集です。
その5つの仕事とは、作家を見張る「みはりのしごと」、沿線の飲食店などの広告を考える「バスのアナウンスのしごと」、おかきやお煎餅の袋に記載する豆知識や生活の知恵を考える「おかきの袋のしごと」、ポスターを貼り歩く「路地を訪ねるしごと」、森林公園の警備員のような「大きな森の小屋での簡単なしごと」という実在するようで架空のような仕事。
新聞やウェブで見かけた書評のほとんどは仕事小説としての側面に注目していました。タイトルに「仕事」とあるし、その見方は間違ってないけれど、津村記久子の凄さはそこだけでは収まりません。池井戸潤の小説で描かれる仕事よりも、私の仕事に近いのが津村記久子の小説で描かれる仕事です(池井戸作品を読んでないので、勝手な先入観で語ってますよ)
津村記久子の仕事小説が優れているのは、取り替えの利く立場であることを主人公が認識しているところです。
自分が辞めても次の人が補充され会社は回っていくし、私でなければできない仕事ではない、という諦念が主人公にまとわりついています。
ほとんどが私と同い年の、みんながみんな崖っぷちで歯を食いしばっている只中で、私のことばかりを話すわけにはいかなくなっていたし、心配もかけたくなかった。
ただ祈り、全力を尽くすだけだ。どうかうまくいきますように。
覚束ない足元を支えるかのように、食べ物の固有名詞が登場します。食べ物に支えられて生きていて、何を食べるかを目標に1日、1週間を過ごしているんだなと、本書を読み実感させられました。
同時期に読んだ『片桐大三郎とXYZの悲劇』や草彅洋平×OKAMOTO’S『OPERA』には具体的な食べ物はほとんど出てこないので、この作家この作品に特有のものだったのかもしれません。
作中に登場する主だった食べ物を列挙してみます。
焼きそばとマテ茶
「蓬莱山」(大きなまんじゅうのなかに小さなまんじゅうが入っている/別名子持ちまんじゅう)
「BIG揚げせんいか&みりん」
「薄焼き納豆&チーズ」
「磯部の梅」(生地に海苔を練り込んで、梅肉で味付けをしたもの)
「黒豆小判」(黒豆が生地に入った塩せんべい)
「黒豆カレー小判」
「薄焼き納豆&チーズ プラスわさび」
「うにあられ 大きめ!」
「ふじこさん おしょうゆ」(正三角形の角を丸くして、粉チーズをからめた小さいあられと、海苔を振りかけた、やや薄いしょうゆ味のおせんべい)
にゅうめん専門店「ふらら」の梅しそにゅうめん、カレーにゅうめん
「パンノキチップス」(50g/280円)
「お弁当」(豆腐のハンバーグ、塩こしょうで味をつけたパンノキチップス、ケールとキヌアとナッツのサラダ、柿)
バスク風のロールケーキ
ベリーの入ったチーズケーキ
カギカッコで括ったものは商品名ですが、商品名であっても日本のどこかには売ってるんだろうなと思わせるさじ加減に購買意欲がかきたてられます。
人それぞれ好みはあるけれど、10や20は好きな食べ物があって、その存在は大きいものになっています。
今日の夜は飲み会だけど、明日は何を食べようか。