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私的な90年代の邦楽アルバム・ベスト10+2

 追記(16年7月5日)

 『ミュージック・マガジン』7月号を店頭で確認したところ、上から小沢健二『LIFE』、フィッシュマンズフリッパーズ・ギターという並びでした。

 私が挙げたものでは『チキン・ゾンビーズ』『深海』がランクインしていることは確認しましたが、思っていたのとは違うランキングでした。

 私が以下に挙げた作品に興味を持てない人は、『ミュージック・マガジン』7月号を読めば良いんじゃないでしょうか。

 

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 6月20日に発売される『ミュージック・マガジン』7月号の特集は「90年代の邦楽アルバム・ベスト100」ということなので、私も選んでみました。

 『ミュージック・マガジン』7月号を入手後は、順位の確認をする予定です。

 

『THE GEISHA GIRLS SHOW-炎の おっさんアワー』GEISHA GIRLS(95)

 ダウンタウン坂本龍一と組んだユニット。テイ・トウワだけでなく、ボアダムス佐橋佳幸も参加。

 アートディレクションは、タイクーン・グラフィックス。

 

『LOOSE』B’z(95)

 「LOVE PHANTOM」「ねがい」の収録されていたアルバム。

 B’zのCDを買ったのは、後にも先にもこれだけ。

 

『深海』Mr.Children(96)

 この『深海』以降にリリースされたアルバム『BORELO』(97)『DISCOVERY』(99)もよく聴いたのですが、すべてのCDのなかで一番多く聴いた。全曲歌えるアルバム。

 

インディゴ地平線スピッツ(96)

 『フェイクファー』と迷った末の、『インディゴ地平線』。

 1曲目の「花泥棒」に衝撃をくらいました。

 

 『フェイクファー』については、雑誌『POPEYE』16年7月号「音楽のこと。」という連載に登場した臼田あさ美さんが3枚の中の1枚として選んでいました(残り2枚は、大瀧詠一『A LONG VACATION』、ズットズレテルズ『第一集』)。

 紹介文を引用します。

 ずっと大好きなスピッツの作品の中でも、「完璧だ」と私が確信してるアルバム。何回聴いてもこれを最初に聴いた中学生の頃の気持ちに戻れます。’90年代のあの頃は、テレビで流れるヒット曲と好きな曲がイコールで結ばれていた幸福な時代でした。ちなみにこのアルバム、アナログの値段が上がりすぎて、自分で買えないんです・・・・・!誰かプレゼントしてください(笑)。

  

『PYROMANIA』J(97)

 今は無き、タワーレコード長野店で初めて買ったCD。すべてのCDのなかで2番目に多く聴いた。

 

『Chicken Zombies』thee michelle gun elephant(97)

 ミッシェルが表紙を飾った『月刊カドカワ』97年12月号。この雑誌は何回読んだか分からないが、肝心の『Chicken Zombies』が理解できるようになったのは購入から数年経ってのこと。

 

『POP LIFE』JUDY AND MARY(98)

 TAKUYAが「ロッキング・オン・ジャパン」のアンケートで「THE POWER SOUCE」を20世紀のベストアルバムに挙げていたけれど、私は『POP LIFE』を推す。

 ウィキペディアには「円形ブック」とあるが、ブックレットがCD型をしていて、アートディレクションとしては最高だと思う。

 ジュディマリ時代のYUKIとソロになってからのYUKIのどっちかに好みが別れるという話を映画『モテキ』のパンフか何かで読んだ覚えがあって、わたしは流れとしてどちらも好きなので、今もってピンと来てません。

 

『HEART』(98)

 90年代後半は、ラルクアンシエルGLAYの時代でした。狂ったようにシングルを出し続けたラルクGLAY。シングル2枚同時発売とかなんだったのでしょうか。

 私はラルク派ですが、GLAYのこの頃のシングルはだいたい知ってます。

 

Viva La RevolutionDragon Ash(99)

 シングル「Grateful Days」の「俺は東京生まれHIP HOP育ち 悪そうな奴とはだいたい友達」というZEEBRAのラインが目立ちすぎてしまい、数年後にはDragon AshZEEBRAの間に軋轢が生まれてしまうとか、同時発売されたシングル「I ♡ HIP HOP」は権利関係の問題が出てきてアルバムには曲タイトルを変えたりの修正をして収録することになったとか、色々あったアルバムですが、そんなことを知らない高校生の私が繰り返し聴いた。

 

『A FILM ABOUT THE BLUES』(99)

 先日公開された和田誠と和田唱の親子対談から引用します。

——和田さんは、唱さんの音楽についてはいかがですか。

唱:知らないでしょ、そんなの。

誠:いや、ライヴ観に行ってるから知ってるさ。メンバー3人がうまく機能してるよね。

——さっき親子コラボの話が出ましたけど、今後、その可能性もありますよね。

唱:望んでる人は多いかもしれないよね。

誠:やれって言われれば、やるんだけどさ。唱たちはアルバムのジャケットって自分たちで決めてるんだよね。

唱:ちゃんとデザイナーの人がいるよ、方向性は示すけど。

誠:映画館の看板のジャケットがあるでしょ。

唱:『A Film About The Blues』(99年)。本当はもうちょっとうまくやりたかったんだけど。

誠:きれいないいジャケットだよ。

唱:本当に? よかった。

  シングル「GOING TO THE MOON」でガッツリと心を奪われた私にとって、収録されている『A Film About The Blues』は、すべてのCDのなかで3番目に多く聴いたアルバムとなりました。

 

 『thermo plastic』hitomi(99)

 hitomiのアルバムでは初期ベストの『h』とこれをよく聴きました。歌詞や声も好きだったのですが、結局はアイドルとして好きでした。

 

『RISE』SPEED(98)

 宇多田ヒカルのことは『HEY!HEY!HEY!』のチャートや倉木麻衣のこともあって知っていたけれど『First Love』は購入していませんでした。『1998年の宇多田ヒカル』(宇野維正)を読んで、その頃、SPEEDを聴いていたことを思い出しました。シングル「ALIVE」をオリジナルアルバムに収録しないことは今もって理解できないですが、SPEEDのアルバムのなかでは『Starting Over』か『RISE』をよく聴きました。

 

 10枚を並べてみて思うのは、90年代は1枚のアルバム、1枚のシングルを聞く回数が、今よりもずっとずっと多かった、ということ。

 それは、CDを買い始めたのは、1995年、中学3年の時で、高校を出る年まではCDを買う枚数が少なかったせい。

 臼田あさ美さんの「’90年代のあの頃は、テレビで流れるヒット曲と好きな曲がイコールで結ばれていた幸福な時代でした」という一文。

 「テレビで流れるヒット曲」と「好きな曲」が私にとっても同一の時代が90年代でした。

 上京した2,000年4月以降は「テレビで流れるヒット曲」と「好きな曲」の乖離が進むのだけれども、それはまた別の話。