あかり、育つ NICU編(17年5月25日~)

5月25日(木)

定期検診に行っているはずの妻からメール。
「胎動を確認したいが寝ているようなので起きるのを待って検査するから、午後までかかる」

父親に連れて行ってもらったが、午後までかかったため昼食を摂ることになって奢らされたと怒っていて、その様子が伝わってくる。

「お腹が張ると胎児の心拍も低下している。何かが起きている可能性を捨てきれないので手術(帝王切開)をする」という突然の宣告に妻は1日猶予を与えて欲しいと懇願する。

しかし、「外からでは、機械をあてて心拍を確認するくらいしかできない。取り出せば小児科医による治療を行うことができる」という説明を受け入れて手術をすることになった。

19時55分 誕生

取り出した時、身体は真っ白であったという。

本来なら胎児に行くべき血液が何らかの影響で胎盤に流れ、胎児に供給されていなかったとの説明を受ける。通常20必要な赤血球の数値が4しかなく貧血状態になっていた、と。

色々な処置が必要なのでNICUに入院することになった。
輸血、酸素、抗生物質などの処置をし、心電図測定もする

NICUに入れるのは両親だけなので私のみ面会に行き、対面する。

 

5月26日(金)

職場に顔を出して出産の報告をし、休みをもらい、朝から面会に行く。

昼食は病院近くの寿司屋でちらし寿司を頼んだ。刺身定食のような盛り方であったが、ご飯は酢飯で温かかったから良しとする。

面会は夕方から。妻は術後の痛みがひどいので車いすを押してNICUへ行く。

妻は子が視界に入った途端に涙が止まらなくなる。それを見てもらい泣きする。

妻の両親が面会に来る。25日のことがあり、妻はイライラしている。


5月27日(土)

面会。オムツ交換をし、今回は妻がミルクをあげる。よく飲んでくれた。


5月28日(日)

面会。オムツ交換をし、ミルクをあげる。よく飲んでくれた。

搾乳の途中で両親が面会に来たので、私だけ病室へ戻る。

両親に名前を伝える。


5月29日(月)

出生届を提出する。

日中、排便がなかったので浣腸がおこなわれ、排せつしたという。

夕方、面会へ行く。

オムツ交換をし、ミルクをあげる。よく飲んでくれた。

もっと泣いてくれてもいいのだが、すぐに泣き止んでしまう。

目を開けるようになったが、まだ焦点が合わない様子。

ずっとこのままでいいんだけれど、保育器やNICUからは出て欲しいので早く大きくなってください。

毎回、写真を何枚も撮ってしまう。妻は容量を軽減したいがデジカメに残った写真を削除できないと言う。


5月30日(火)

妻からのメールで日中に45㏄のミルクを飲んだことを知る。

個室に入院していた妻が大部屋へ移る。

夕方、面会へ行く。

ミルクを飲んだ後、お腹がヒクヒクするのが気になる。しゃっくりであるという。

帰宅して駐車したら、おとなりさんの旦那の帰宅タイミングとあったので「A」が産まれたことを伝える。お隣さんの娘は元気で、11月に家を建てて引っ越すという。


5月31日(水)

本人はNICUで処置を受け、妻は帝王切開であったため入院費が高額になりそうであるとのメール。限度額認定書がもらえるよう申請する。

11時59分「午後に耳と脳波の検査をする。ピクピクする痙攣みたいなものが最近多くて、念のため来週の月曜にMRIをすることになった」

18時36分「耳と脳波の検査はお利口に出来たって。結果はわからない」

消防団部長会のため今日は面会に行けなかった。

順調に成長するかどうかということばかりを考えてしまう。手術するのかな、なんとか回避してほしいなとか。

退院するまでアルコール摂取はやめようと思う。あとは何をやめれば早く良くなってくれるのか。

水曜日のダウンタウン」、面白かったけど内容がいつもより頭に入ってこなかったし、大笑いすることもなかった。

NICUから出ないとお母さんが悲しんだり心配しすぎたりするので、早く世の中に慣れて出てください。

100年の人生を考えると最初の何日かなんて誤差みたいなものだけれど、産まれてからの日数全てが保育器の中というのは親として申し訳ないのです。

急がせて悪いけれど、よろしくね。


6月1日(木)

書店に寄ってから面会に行く。

昨日のメールで妻は不安になっていたが、今は心配しても仕方ないから開き直ったという。

妻は日曜日に退院になると言っていたが、本人はいつになるのか、そればかりを気にしてしまう。

NICUから呼ばれたので妻と向かう。

手洗いの前に様子を確認してしまう。今日は昨日よりも目を開いていた。まだ見えていないと妻は言うが、見えてるんだと思う。

オムツの確認をする。尿か便が出ていればオムツのラインが青になっている。便秘気味らしくて今日も浣腸を行ったという。

交換後、妻は搾乳のため自室に戻り、私が「A」にミルクをあげた。食べる量は増しているようでミルクを55㏄飲んだ。途中、眠そうになる瞬間はあったが、飲みきってもらえた。

浣腸の甲斐あって、ミルクをあげた後にも排せつしていた。

痙攣が多いからMRI測定を行うと妻からのメールにあったが、その痙攣とは両足が震えることだという。確かに気になる。なんでも気になる。

手についていた管だか測定のコードは外れていて、あとは酸素を減らしていけばいいらしい。

色々検査やって、何事もないことを願う。


6月2日(金)

帰宅して病院。


6月3日(土)

買い物してから病院へ向かう。

保育器から出たと妻からメール。

手の指は長くて、いい手をしている。足の指は潰れている私のに比べて、丸々としている。最初はこういう指だったのにいつのまにか潰れて、、、と残念な気になる。


6月4日(日)

午後1時ころ病院へ行く。

妻が先に退院することになったので、授乳してから妻と帰宅する

誕生即NICUなので、NICU生活が11日目を迎えている。「A」の他にNICUに入ってくる稚児たちもいるが、いつの間にかいなくなってしまう。他の子たちは出れているのだろうか、それとも他の病院に転院しているのだろうか。

NICUの主みたいになっているので、退院するときは盛大に送り出してもらえそう。


6月5日(月)

妻からのメール

10時30分に授乳して小児科医から聴力と脳波の結果聞いてきた。

脳波、、、異常なし
聴力、、、左、20~30デシベル(異常なし)
     右、40デシベル(少し聴こえずらい?)

通常赤ちゃんは40あればいいんだけど、念のため耳鼻科で検査します。

7~9日付き添い入院するので、早ければ9日には退院できるかな。

帰宅したら妻も帰宅していた。自分一人で面会に行くのは気後れするので、今日と明日は面会に行けなくなってしまった。

会えないと「お父さんスイッチ」がオフになってしまう。ピタゴラスイッチのそれとは違うものだと思って欲しい。

妻は10時30分に病院へ行って11時に授乳し、2時に授乳をして帰ってくるというスケジュールのよう。

17時、20時、23時、2時、5時、8時、11時、14時、17時、、、と3時間おきに搾乳or授乳をしていくのが妻のスケジュール。本人と会っていれば授乳で、会っていなければ搾乳。

授乳時に吸うのは上手だが、柔らかい乳首がお好きなようで固いと顔をしかめると言っていた。些細な事であっても何らかの意思表示をしてもらえるのはありがたい。

7日(水)の午後から48時間の付き添い入院をすることが決まった。付き添い入院中、妻の分は食事が出ないということで、面会に通いつつ妻の食事を届けることになった。何を用意していけばいいのか。授乳しているからいきなりカップラーメンというわけにはいかないし。ほっともっと、すき家、まぁ何でもあるな。

脳波の異常なし=MRI、と思って安心していたが、どうやらMRIは別の検査であるという。検査結果は退院の時に聞くことになると衝撃の事実が!

お願いしますお願いします。祈る。

病院から沐浴の写真を貰ってきていた。あれ?雰囲気が違うような。もっとかわいかったような。


6月7日(水)

付き添いのため入院する妻を病院へ送り届けるため午後休む。

5日、6日と会えなかったので久しぶりの対面。髪や爪が伸びている。

授乳&搾乳後、一般病棟に移る。

妻が何かの用事で部屋を出てじきに泣き始めたので、確認をしたらオムツの黄色いラインが青になっていたので交換する。

交換してしばらくしたらまた泣き出したので、もう一度確認するとラインがまた青くなっていた。

それでも泣き続けると妻が戻ってくる。お腹がすいているんだろうとのこと。泣く理由は排せつと空腹の2択しかないという。このくらい単純に生きれたらいい。

その後は音もなく寝ていた。妻がシャワーを浴びている間も音をたてずに寝ていた。生きているのか不安になるほどの眠り。

産まれて2週間の乳児ですら私の思い通りにならないのだから、親が子を管理するというのはふざけた話であるように思う。

友だちが1人増えたくらいの感覚が丁度いいような気がする。


6月8日(木)

お弁当とデジカメ用のSDカードを調達してから面会に行く。

次の授乳は20時で、それまで寝かせておくということで寝ていた。

昨晩は理由わからないままぐずついていたけれど、その後はよく寝たという。4時間以上の睡眠はよくないらしい。

目の下に泣きぼくろができていて、あったっけと聞くと爪で引っ掻いたから血が出たためと。うむ。極小の爪を切る勇気など持てない。

MRI検査の結果は異状なし。

耳の聞こえにくさは耳垢が溜まっているためではないか?とのことで後日再検査をすることに。

日中、病院帰りの両親が寄って果物とベビー服をおいていったという。

向かいのベッドの人は?と聞けば「おたふく」に罹ったとかで別室に移り、そのあおりで妻は検査を受けたという。潜伏期間は2、3週間。心配が増える。

職場の先輩も同時期に出産していて、その人は既に退院しているけれど検査に来ていて授乳室で会ったという。

お弁当を食べながら、こういった話を聞いた。

20時近くなって起きだしてぐずついていたのでオムツの確認をしたが、出てはいなかった。

寝てる顔のかわいさが、起きて正面を向くと落ちるような気がする。

授乳に行くと言うから、そのまま帰ることにした。

帰りに実家によってチャイルドシートをセットする。


6月9日(金)

昨晩の帰りがけに実家で子育てしたいと言ったら、電話が何度もかかってくる。体感では100回くらい。

いろいろなやりとりがあって、「一般論として妻の実家に帰るものだと思っていたが、妻が妻の父親と喧嘩したのなら仕方ないから、アパート戻るのも寂しいし、家に来ればいい」という結論に落ち着いた。

ベビーベッドを買ってくれるという。


午後4時に着けるような時間で休みをとり、病院へ迎えに行く。

午後4時に退院するということだったが、授乳したタイミングでということになり1時間くらい待つことに。

勤務室前で挨拶したが、2週間いたわりにはあっさりした感じであった。

私の実家へ行く前にアパートへ寄る。

チャイルドシートに乗せたまま交替で部屋へ荷物を取りにいく。妻が部屋へ行っている間、隣室の家族が外に出ている雰囲気だったので、おろして披露する。

2年弱の期間、トータルで数ターンしか会話なかったのに、披露した途端に大歓迎を受けてしまう。

会計の窓口でも知らんおばちゃんが話しかけて来たし、威力が凄いな。

隣人との挨拶を済ませて、実家へ行く。