小山健「お父さんクエスト」


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マンガ家や小説家による育児体験を記した本は、何冊も出版されています。

榎本俊二「カリスマ育児」
阿部潤「はじめて赤ちゃん」
樋口毅宏「おっぱいがほしい!」
山崎ナオコーラ「母ではなくて、親になる」
小山健「お父さんクエスト」

私が読んだのは上記の5冊ですが、この他にも、川上未映子「きみは赤ちゃん」、東村アキ子「ママはテンパリスト」、はるな檸檬「れもん、うむもん!」、吉田戦車「マンガ親」、やまもとりえ「今日のヒヨくん」といった作品が出版されています。

「石」が少ない玉石混交なジャンルではありますが、選ぶときに注意すべき軸は2つあります。「目線」と「期間」です。「マンガor文章」という軸は注意が必要なほどわかりにくいことではないから重視していないので外してあります。

1つ目の軸である「目線」というのは、父親と母親、どちらの目線で書かれているかのことです。このことは作家の性別とイコールです。なので、育児体験本を探すときはどちらの目線で読みたいかで選ぶ本が変わってきます。

読んだ中で、山崎ナオコーラ「母ではなくて、親になる」はタイトルのとおり、性別を越えることを目指しており、親であることは共通しているから、父親としても共感したり気付かされる内容が多くありました。

1つめの軸である「目線」は作者の性別に注目すればいいのですが、肝心なのは2つめの軸である「期間」です。

「育児本」として雑に括られがちで、年齢でわけられていないので、作中に登場する子どもの年齢には幅があります。ここに気をつけないと、読んだ時に「思ってたのと違う」「自分の子どもと年齢差がありピンとこない」ということが起きてしまいます。

たとえば、西原理恵子「毎日母さん」は長男が4歳、長女が2歳の時から連載がはじまり、15年の連載期間を経た最終刊では長男は大学生に、長女は高校生になっています。子育てを終えた人たちが懐かしく読んだり、子育てと関係なく西原理恵子の著作として読むことも可能ですが、生後5ヶ月の娘を育てる私の子育ての参考になるのは、少し先のことです。

たとえば、阿部潤「はじめて赤ちゃん」は妊娠発覚からスタートしていますが、第6話で早くも6ヶ月に成長しています。

たとえば、榎本俊二「カリスマ育児」は育児に重きがおかれているためか、2番目の子どもの出産からはじまり、生後間もなくの期間は描かれていません。

ということで、小山健「お父さんクエスト」についてです。

タイトルのとおり「お父さん」の目線で、不妊治療・妊娠発覚から生後半年くらいまでの期間が描かれています。

生後まもなくの乳児を育てていることを物語に昇華しようとするときの大きな壁は、乳児本人に動きがなくエピソードが出てこないということです。

子どもがあれこれしたという可愛いエピソードを日記みたいに描いていく、いわゆる育児マンガを連載するつもりだったんですが、子どもが産まれてから気づいたことは「0歳児の赤ちゃん案外なにもしねぇな」ということでした。
寝てるか泣いてるかで、マンガに描けるようなほっこりエピソードはあんまりなく、連載をはじめるのが早すぎた・・・と思いました。

メインに据えたい人物が動かない場合どうすればいいのか。「省略する/妻をメインにする」の2択が考えられます。

樋口毅宏「おっぱいがほしい!」の場合は、妻の過去や妻のエピソードを書くことで対処していましたが、過去に書いたとおり、子育て本として抱いた期待をすかされたような読後感でした。「作者と妻と子」の3人が中心の生活だから仕方ないとはいえ、妻がメインに出てくると、どういう描かれ方にせよ「ノロケは他でやれ」と思うし、「読みたいのはそこじゃない」という気になります。

小山健「お父さんクエスト」にも妻である「さち子」が魅力的な登場人物として登場してきますが、タイトルのとおり「お父さん」である作者本人の観点から見た子育てのことが中心です。安易に妻の出番を増やさないところに作者の気概を感じました。

気概ということでいえば、妊娠発覚したことを喜んであちこちでふれまわるシーン。

水をさすようにツイッターで届いた「不妊で悩んでる人もいるから配慮したほうがいいですよ。」というメンションに対して「ごめん無理!!うれしいものはうれしいよー!!」と蹴散らす。家族は世界に優先するのです。

子どもにミルクをあげて褒められたい気持ちや、妻との認識の違い(「言えばいいのに」VS「察して」)、生まれてきてくれたことへの感謝、といったことには共感で頷きすぎてむちうちになりそうでした。

最も共感したのは、子どもが産まれれば煩悩が消えるわけじゃなくて、「お父さん」というアプリが増えたと解釈しているところ。膝が割れるほどに膝を打ちました。

最高に同意したのは、子どもとの初対面のシーンで発する“「へー」まだ…よくわからんな”という一言。「よくわからんな」という気持ちは今もどっかで続いています。

DRAGON BALL」のナメック星の家とか「AKIRA」のバイクとかが何のエクスキューズもなく登場してくるところも最高でした。

金箔押しで、乳首をピンクに着色した装丁も素晴らしいんですが、惜しいのは帯に寄せられたコメントの人選。糸井重里って、、、。「おそらく他に見当たらない才能です。あかちゃんもですが、おとうさんも元気に育つといいなと思っています。」というコメントはさすがなのですが、今もなお「糸井重里」からのお墨付きは有効なのだろうか、、、。フジワラ藤本&木下夫妻とかの方が良かったんではないかと思ったりした。

参考にAmazonのレビューを読んだけど、サイズが大きかったとかおまけページが少ないとか地獄だなと思いました。サイズはこのサイズで良いし、重量も他の本(たとえば「ルーブルの猫」)に比べたら軽い紙が使われていて良いと思いました。おまけページについても、幸福感への疑惑を描いた「いいお父さん」と妊娠前夜の「子どもほしい」、子どもへ語りかける「世界」という3本が3本とも異なった趣向の作品で、泣くほど良かったです。そもそも、週5くらいでツイッターに4コマをアップしてくれているんだし何の不満もありません。

インタビューで小山健さんは、以下のように話していました。がんばろう。

子どもの世話は、奥さんに褒められるためにするんじゃなくてもう、ただ、する。手伝うとかでもなく、するものだっていうのを父親が分からないといけないんですよね。難しいと思うんですけど、やらなくちゃいけない。アップデートをしなくちゃいけない。

巻末には以下のように記されていました。成長に期待したり、勝手な理想とのギャップで叱ったりすることのないようにしたい。

ぼくら夫婦が欲しいと思って娘が産まれて、そういうふうに自分たちがしたいから育てるその娘の可愛さだけで十分なほどの親孝行をしてもらってるので、自分のことだけを考えて生きていってほしいです。だから本当に、感謝なんてまったく全然いらないと思うんですよ。