「水曜日のダウンタウン こち亀検証SP」を見て、説が大切と思う

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水曜日のダウンタウン」で重要なのは、「説」の提示である。

このことが4月11日に放送された「こち亀検証SP」でわかりました。

こち亀検証SP」は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(秋本治)に登場したエピソードを実際に行ってみるという企画です。

通常は「説→検証VTR→結論」という流れですが、「こち亀のエピソード紹介→検証VTR→結論」という流れでした。

検証されたエピソードは以下の8つ。

① ダイバーが水中で釣り針に魚をつける「接待釣り」は実際に可能なのか?(92巻「組長は釣り名人の巻」)
② マルチスポーツ対決 1.スケート×剣道 2.野球×テニス 3.サイクル×野球(130巻「マルチスポーツ対決の巻」)
③ ラップを30cm巻けば裸は見えなくなるのか?(121巻「いつ…どこで…何をする!?の巻」)
④ 両さんみたいに、くすぐられたら誰でも給料の額をゲロっちゃうのか?(73巻「ボーナス戦線異状なし!の巻」)
⑤ ゴミ屋敷の住人を催眠術でキレイ好きにすることは出来るのか?(199巻「清潔両さんの巻」)
⑥ 駄菓子がっちり食べまショー(79巻「駄菓子屋カルト王の巻」)
⑦ 街中ゴルフ対決(86巻「大自然ゴルフ!の巻」)
⑧ 「いつ・どこで・何をするゲーム」実際にやったら面白くなるのか?(121巻「いつ…どこで…何をする!?の巻」)

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前半はくすりともしませんでした。後半に入ってエンジンかかり笑えるようになったけれど、それはバラエティ番組としての笑いであって、「水曜日のダウンタウン」の笑いではありませんでした。

水曜日のダウンタウン」として、面白くなかった理由はいくつか考えられます。

 

・取り上げるネタに興味が持てなかった。
釣りの説は、そもそも気づいて当然だし、気づけない場合は釣ってる人物がポンコツ。くすぐりの説も同様に興味が持てませんでした。私はタレントの給料が知りたくて「水曜日のダウンタウン」を見ているわけではないです。

・作中でダイジェスト処理されているネタを、実際に行ったら間延びしてしまった(マルチスポーツ対決)

・実際に行っている映像がマンガの絵のインパクトを超えなかった
ラップ巻きの説は、バービーのコメントが達者であったから見れたけれど、ラップを巻いている過程は映像としては単調でした。結果は2.49mm(76周)と作中(30cm)の120分の1程度の厚みで隠せていました。

・そもそも作中でも面白くなってない。
「いつ・どこで・何をするゲーム」、マンガで読んでも面白くないのだから、実際にやって面白くなるわけありません。ロケで行っている場面でフェードアウトしつつ、最後、スタジオに振っていました。

 

基本的にVTRで完結させる番組ですが、スペシャルの時はスタジオで一波乱起きているため、その流れをしっかり利用していました。面白くても、面白くなくても、スタジオでもやってみることは折り込み済みだったのでしょう。
スタジオでやった結果は、面白いと言うより、目が離せない光景でした。


こち亀検証SPを経て、「水曜日のダウンタウン」にとって「説の提示」が重要であることを再確認しました。

提示される説は「あるある」に似た面を持ちますが、後に検証が控えていることで「本当にそうなの?」「本当にできるの?」「何かあるの?」と予想してしまいます。どこかに落ち着けば成立するフォーマットであるため、結論ありきではなく、どう転がっていくのかが重要になっています。

言い換えると、段取り重視ではなく、想定外を楽しむのが「水曜日のダウンタウン」の正しい楽しみ方です。

想定外という観点から印象に残っている説の一つが、17年8月2日に放送された「巣鴨のご老人が持ってる薬を集めれば頭文字50音全て揃う説」。
検証VTRでは、説のとおり巣鴨のご老人にインタビューしていきます。最終的に説の立証、50音の完成を目指すのなら、薬辞典で足りない音の薬を確認して症状に当てはまりそうな人を狙い撃ちしていく流れも考えられます。
しかし、結論は「薬は集まらなかったが、ヘイポーさんのご両親に会えた」というもの。
50音の完成を目指してロケするけれど、それより面白いもの/興味深い対象に出会えればスグにでもそっちに方向転換しまっせ、という雰囲気があります。

 

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以前のエントリで触れた「街でバンドT着てる人 そのバンドのイントロクイズに答えられなかったらTシャツ没収されても文句言えない説」。この説では街頭インタビューのあと、チェ・ゲバラTシャツ着ていた4人を集めてゲバラクイズ大会が開催されていました。

 

「ドキュメンタル5」の公開にあわせたケンドー・コバヤシとハリウッド・ザコシショウの対談のなかで持参する小道具について話していました。
これはドキュメンタルだけでなく、私の生活にも取り入れられることだし、「水曜日のダウンタウン」が体現していることでもあるので、引用して終わります。

 

ザコシ でも本当に、小道具を詰めてると「これで足りるのかな」って不安になってくるんですよ。だから持っていけるだけ持っていきました。

ケンコバ 本音を言うと何も持っていきたくないんですよ。

ザコシ でも持ってきていいって言われているのに持っていかないのは不利でしょ?

ケンコバ 用意した道具の数だけ臆病だってことです。つまり、こいつがもっとも臆病だった。

ザコシ いちいちうるさいんだよ!(笑)

──シーズン1で、FUJIWARA藤本さんがボンドの入った巾着袋1つだけ持ってきていたのが印象的でした。

ザコシ いやでもね、藤本さんはツッコミでしょ? ボケの僕らが用意してきたものにツッコむから、用意はいらないんです。こっちが何もない状態だったらあっちだって商売上がったりですよ。だからボケがたくさん用意していかないといけないんです。臆病ではない! ただ、実際やってみると持ってきたものをバーンとボケとして出すっていうより、その場で起こったことに乗っかるほうがウケるんだなとは思いました。考えてきたものを超えたときに本当の面白さが生まれるんでしょうね。

ケンコバ 確かに、持ってきたもんだけではケリを付けられない。もちろん起点にはなるけど、そっからどう流れていくかやな。

 

natalie.mu