石塚真一『BLUE GIANT』が描く金銭感覚について
※ 2016年4月に書いたものを書きなおしました
石塚真一「BLUE GIANT(ブルージャイアント)」が音楽を描き、青春を描けている点において傑作なのは異論を挟む余地がありません。
ただし、「音楽」「青春」というジャンルを超えて、すべての漫画の中で「BLUE GIANT」が突出している素晴らしさについてはまだまだ語りきれていません。
語られていないことの一つが「お金(金銭感覚)」についてです。
金銭感覚やお金についてのエピソードが挟まれることで、「登場人物の生活する世界」と「私の生活する世界」が地続きであると認識させられます。
他の音楽マンガ、例えば『BECK』。釣堀でバイトしてる割には生活に困ってなさそうです。
例えば『ピアノの森』。主人公・カイは「森の端」という被差別地域を思わせる出身であっても阿字野の後ろ盾があったからとすんなり援助を受けることができています。
いずれも違う世界の凄い出来事として読んでいました。
「BLUE GIANT」の中から、金銭感覚の描かれたエピソードをいくつか紹介します。
主人公・宮本大の使用する楽器は、高校生の時、少し年上の兄が初任給の残りを頭金にして36回払いのローンを組んで買った51万6千円のテナー・サックスです。
宮本大が上京して組んだジャズトリオ「JASS」。7巻に収録された第50話で、「JASS」が初めてもらったギャラの使い道が描かれます。
ギャラの3万円を「JASS」の3人が1万円ずつ分け合います。
ピアノの雪祈はお世話になっているジャズバーの店主と母親に花を贈り、ドラムの玉田はドラム教則本とドラムの先生への御礼として缶ビールを買います。
そして、宮本大。
雅兄ィは、オレに店で一番いいサックス買ってくれたんだよな。すげえよな、、、初任給で何十万のローン組んだんだもんな、、、オレは、、、できねえ。同じことは、、、できねっちゃ。オレは自分のため、、、オレ自身のために金を使わなきゃ。
というモノローグの後、「俺が今引き落とせるのは、、、ギリで4万円」というセリフとともにATMからおろした4万円とあわせて税込49,800円のフルートを買い、妹の住む実家に宅配便が届けられます。
ジャズ・トリオ「JASS」に目をつけたレコード会社のジャズ担当・五十貝は、最低7,000枚以上売れると見込んだ新譜CDの初出荷枚数が1500枚だったことを同僚に愚痴ったあと、以下のやり取りがありました。
「なあ、五十貝。お前、このアルバム聴いたことある?」
「当たり前じゃないですか。誰もが知ってる名盤すよ。」
「これ20年前は3,600円で売ってたのよ。1枚で3,600円。ま、それだけの中身があるレコードだったしな。このアーティストのアルバムを5枚買うと、ドーンと18,000円。でも今は、こうして5枚まとめて、ハイ千円だ、千円だー!ジャズの名盤5枚で千円だよー!!」
「それがナニか?」
「いや、、、だからさ、オレも大好きなジャズの仕事につけたはいいが、ショックですよ。オレが昔必死で集めたレコード達をまとめて千円で売ってんだもん、、、このオレがさ。」
CDショップのジャズの棚で見つけた『BEST OF BLUE NOTE』という3枚組45曲収録のCDは、輸入盤ですが、1,000円でした。
お金や金銭感覚についてのエピソードが挿入されることで、ジャズで生計をたてることの厳しさだけでなく、厳しくても接点を途切れさせないジャズの魅力が伝わってきます。
『BLUE GIANT』は、このよう作品でもあるのです。