尾崎世界観「苦汁100%」

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水道橋博士が発行人のメールマガジン「メルマ旬報」で連載されているクリープハイプ尾崎世界観の日記が早くもまとまりました。

誰かの日記を読むとき、この人は何を吸収しているのかという音楽や本などの具体名が気になります。

本書にも「書店に行った」、「家で読書をした」という記述はありますが、具体的な書名は明らかにされません。

フェイスブックでつながっているメルヘン趣味な女の人が百田尚記「風の中のマリア」を載せて落胆したことがあります。読んだもの、聞いたものにはその人のセンスが出てしまうから、「あぁ、こういうの好きなのね」というテンプレートに嵌められることを避けたのでしょう。

尾崎世界観が百田とか石田衣良、「夢をかなえるゾウ」とかを読んでいたら、逆に興味が湧きます。百田とかを読んで「祐介」が書けるなら、書いている内容と読んでいる作品とのギャップがありすぎです。そもそも「祐介」が書けるなら百田を読んでも得るものはないでしょう。

書名や作品名を出す以上は、”「〇〇〇〇の〇〇」という作品を読んだ”だけでは済まず、短くとも感想なり「良い/悪い」の評価が必要になるから迂闊に書名を出せないのはよくわかります。

では、書名などの具体性を追うことのできない日記から何を楽しめばいいのか。3点を挙げてみます。


1.バンドマンの日常

 

 

兵庫慎司さんが(「メルマ旬報」発行のたびに)ツイートしているように、バンドマンの心情を知ることができます。1回1回のライブに臨む気持ち、フェスやファンに対する思いなどを知ることができます。

音楽雑誌は新作についてのインタビューが主で、たまにライブ密着はあれど、フェスやファンに対する率直な気持ちや毎回毎回の体調とその日のライブの出来具合の関係を知ることはできません。


石巻ap bank fesでライブ。半分以上のお客さんが会場内を移動するのを眺めながらライブをした。知名度が無く、中身も伴っていないからしっかりライブを見て貰えない。普段のロックフェスでどれだけ甘やかされていたかを痛感した。悔しかったけれど、貴重な経験だった。

 

フェスでのライブが続いた後、クリープハイプだけを見に来てくれるお客さんを前にすると特別な気持ちになった。Tシャツを着てタオルを巻いて、嬉しそうにステージを見ているこの人達が周りから馬鹿にされるようなバンドにはなりたくない。


2.交遊録

風貌から勝手に日常がやさぐれているかと思いきや、年上年下を問わず多様な交流があります。

峯田和伸、石崎ひゅーい、スカパラ加藤、新井英樹入江喜和夫妻、清水ミチ子、椎木知仁(My Hair is Bad)、BLUE ENCOUNT田邊、松居大悟、伊賀大介、DIGAWEL西村浩平、寄藤文平などなどと飲みに行ったり、自宅にお邪魔したり、自宅に泊まらせたりしています。
また、仕事としても又吉直樹ユースケ・サンタマリア鈴木おさむ若林正恭光浦靖子(ご本、出しておきますね」の単行本用!)、チプルソとの関わりがあります。

極めつけは、フジテレビの番組「ハイ_ポール」。著者はナレーションというか神の声として参加しています。バンドマンがレギュラーで番組に参加する例はあまり聞きませんし、テレビと関わることと距離を置いているように思っていましたが、尾崎世界観は「ハイ_ポール」の収録の楽しさを隠すことがなく、必要な存在であることが伝わります。

フェスやツアー、創作の部分は苦汁の濃度が高いけれど、交流が充実しているから「苦汁100%」が緩和されているように感じました。


3.文章

兵庫慎司さんが「文章がきれい」「読んでいてハッとしたり、「うまい!」と唸ったりするフレーズ多い気がする」と書くように文章が非常に優れています。
幾つか引用します。

あのときベンチに座って、道行く大人の目を盗んで無理して煙草を吸ったりしていたけれど、今は大勢のお客さんを前にして堂々と無理して声をしぼり出している。上質な無理だ。贅沢な無理だ。

 

沖縄、楽しいな。好きになってしまったじゃないか。また好きな物が増えるのか。荷物が重くなる。失う物が増える。手を離さないようにするのが面倒くさいな。それでも良いと思ったんだから仕方ない。

 

嫌われたくないな、と思っても書いてしまう。
でも、たとえ不細工な感情だったとしても、残っているのは嬉しい。忘れてしまいたいことと忘れてはいけないことの違いはわかる。
読み返して恥ずかしいのは、今月もしっかり生きた証拠。

 

その他、個人的な思い付きやメモを書いておきます。

著者である尾崎世界観の顔が伊野尾慧のそれとダブりやすく、顔を思い出せば半々くらいで伊野尾が浮かぶ。

読み終ってからSpotifyクリープハイプ「世界観」を保存し、チプルソ参加の「TRUE LOVE」を通勤用のプレイリストに入れました。良い曲でした。

製本は「祐介」に続いて、著者の勤めていた「加藤製本」。