柴那典「平成のヒット曲」(新潮新書)

平成とは、どんな時代だったのか――。「川の流れのように」から「Lemon」まで、各年を象徴する30のヒット曲から時代の実像に迫る。ミリオンセラー連発の1990年代、音楽産業が大きく変化した2000年代、新たな流行の法則が生まれた2010年代……。小室哲哉からミスチル宇多田ヒカルSMAP星野源まで、いかにしてヒット曲は生まれ、それは社会に何をもたらしたのか。ヒットの構造を分析し、その未来をも占う画期的評論。

本書でいう「ヒット曲」とは単純に最も売り上げた楽曲を指すのではなく、その年の「代表曲」という意味合いで選出されています。

著者の好き嫌いは排され、俯瞰した視点からまとめられた通史であり、教科書のような一冊。教科書なので書評には向かず、この本を基準にしながら自分と平成の関わりを振り返るのが本書との適切な向き合い方であると思う。

ここでは箇条書きで気になったことや知ったことをメモ程度に残しておきたい。

  • 30曲のなかに小室哲哉2曲、秋元康2曲、小林武史2曲、ジャニーズ2曲。
  • 前半は各章(各年/各楽曲)に12ページ前後くらいの分量が割かれるが、2006年から2008年にかけてはページ数が少ない(最小は2008年の5ページ)。筆者のテンションに上下はないから、音楽業界の停滞に起因するのだと思う。
  • 「イージュー★ライダー」(奥田民生)は映画「イージーライダー」だけでなく、奥田民生が30歳だったので、「30」を意味する業界用語の「E10」にもかかっていたことを知る(奥田民生は1965年5月12日生まれで、リリース日は1996年6月21日)。
  • TSUNAMI」(サザンオールスターズ)は現在もラジオで流すことがためらわれ、ライブで披露されていない楽曲になっていることを本書で知る。
  • 「小さな恋のうた」(MONGOL800)については、こめられた意図を知らなかったので、この楽曲だけでなくアルバム「MESSAGE」を通して聴いてみたいと感じた。
  • 嵐の「国民的ヒット曲」とは何か?という問いに答えが出ていない、という指摘には同意。本書では2009年に紅白歌合戦初出場時の「Believe」を配置しているが、個人的にはタイトルだけでは曲が浮かばず、据わりの悪い感じを受ける。
  • 30曲のなかでは「Believe」と「千本桜」がピンと来ない。他の28曲は好き嫌いはともかく、どんな曲かはわかる。好き嫌いを超えて耳に入ってくるのがヒット曲の強さ。
  • hideが逝去しなかったら、嵐のストリーミング開始が早かったらという「たられば」が残る。
  • ヒップホップ関連ではZeebraをフィーチャリングした「Grateful Days」(Dragon Ash)について触れられていたが、平成30年間ではその年を代表するほどの楽曲はなかった。ヒップホップの市場規模は大きくなっているから、将来的にはヒット曲が出てくるんじゃないか。ラッパー単体の楽曲では厳しいだろうが、「Presence」(STUTS & 松たか子 with 3exes)のように歌手をフィーチャリングする形であれば、その可能性は高くなると思う。
  • アニメ「ちびまる子ちゃん」の曲に植木等が起用され、星野源植木等を引き継いでいるという指摘は、輪廻転生が行われていて読みごたえがあった。星野源植木等を意識していることは知っていたが、「ちびまる子ちゃん」の曲を植木等が歌っていたことを忘れていた。
  • トップセラーとヒット曲が連動しなくなったことでオリコンチャートが途中から機能しなくなり、そもそもトップセラーを配置しているわけではないから、30年の30曲を当てはめていく作業は大変な労力であったろうなと思う。

第一部 ミリオンセラーの時代
――1989(平成元)年〜1998(平成10)年
1.昭和の幕を閉じた曲
【1989(平成元)年の「川の流れのように」(美空ひばり)】
2.さくらももこが受け継いだバトン
【1990(平成2)年の「おどるポンポコリン」(B.B.クィーンズ)】
3.月9とミリオンセラー
【1991(平成3)年の「ラブ・ストーリーは突然に」(小田和正)】
4.昭和の「オバさん」と令和の「女性」
【1992(平成4)年の「私がオバさんになっても」(森高千里)】
5.ダンスの時代の幕開け
【1993(平成5)年の「EZ DO DANCE」(trf)】
6.自己犠牲から自分探しへ
【1994(平成6)年の「innocent world」(Mr.Children)】
7.空洞化する時代と「生の肯定」
【1995(平成7)年の「強い気持ち・強い愛」(小沢健二)】
8.不安に向かう社会、取り戻した自由と青春
【1996(平成8)年の「イージュー★ライダー」(奥田民生)】
9.人生の転機に寄り添う歌
【1997(平成9)年の「CAN YOU CELEBRATE?」(安室奈美恵)】
10.hideが残した最後の予言
【1998(平成10)年の「ピンク スパイダー」(hide)】

第二部 スタンダードソングの時代
――1999(平成11)年〜2008(平成20)年
11.台風の目としての孤独
【1999(平成11)年の「First Love」(宇多田ヒカル)】
12.失われた時代へのレクイエム
【2000(平成12)年の「TSUNAMI」(サザンオールスターズ)】
13.21世紀はこうして始まった
【2001(平成13)年の「小さな恋のうた」(MONGOL800)】
14.SMAPが与えた「赦し」
【2002(平成14)年の「世界に一つだけの花」(SMAP)】
15.「新しさ」から「懐かしさ」へ
【2003(平成15)年の「さくら(独唱)」(森山直太朗)】
16.「平和への祈り」と日本とアメリ
【2004(平成16)年の「ハナミズキ」(一青窈)】
17.消えゆくヒットと不屈のドリカム
【2005(平成17)年の「何度でも」(DREAMS COME TRUE)】
18.歌い継がれた理由
【2006(平成18)年の「粉雪」(レミオロメン)】
19.テクノロジーポップカルチャーの未来
【2007(平成19)年の「ポリリズム」(Perfume)】
20.ガラケーの中の青春
【2008(平成20)年の「キセキ」(GReeeeN)】

第三部 ソーシャルの時代
――2009(平成21)年〜2019(平成31)年
21.国民的アイドルグループの2つの謎
【2009(平成21)年の「Believe」(嵐)】
22.ヒットの実感とは何か
【2010(平成22)年の「ありがとう」(いきものがかり)】
23.震災とソーシャルメディアが変えたもの
【2011(平成23)年の「ボーン・ディス・ウェイ」(レディー・ガガ)】
24.ネットカルチャーと日本の“復古”
【2012(平成24)年の「千本桜」(黒うさP feat. 初音ミク)】
25.踊るヒット曲の誕生
【2013(平成25)年の「恋するフォーチュンクッキー」(AKB48)】
26.社会を変えた号砲
【2014(平成26)年の「レット・イット・ゴー 〜ありのままで〜」】
27.ダンスの時代の結実
【2015(平成27)年の「R.Y.U.S.E.I.」(三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE)】
28.ヒットの力学の転換点
【2016(平成28)年の「ペンパイナッポーアッポーペン」(ピコ太郎)】
29.新しい時代への架け橋
【2017(平成29)年の「恋」(星野源)】
30.平成最後の金字塔
【2018(平成30)年/2019(平成31)年の「Lemon」(米津玄師)】