マキヒロチ「おひとりさまホテル(1)」

「スケッチ―」の最終6巻の刊行を控えるマキヒロチの新作「おひとりさまホテル」を書店で発見したので購入しました。マキヒロチは新作が出ると買う作家の1人です。
本作はタイトルのとおり「1人でのホテル利用」がテーマとなっています。
主人公1人のホテル利用を描くのみならず、職場(設計会社)の同僚たちも1人でホテル利用をしています。

マキヒロチのうまさの1つは、情報の物語への取り込み方。このことに関しては、随一の腕であり、本作でも遺憾なく発揮されています。
「情報の物語への取り込み方」の「情報」とは、例えば「吉祥寺だけが住みたい街ですか?」シリーズなら「街」、「いつかティファニーで朝食を」なら「飲食店」、「スケッチ―」なら「スケートボード」、そして本作では「ホテル」。
「情報」の比率を高くした場合、作者自身の視点で描かれた「エッセイマンガ」となるのが一般的です。
一方、「物語」に重点を置く場合、特定の名称や建物はそのまま使われず、作者によるアレンジが加えられながら作品世界が作られます(杜王町仙台市がモデルとされ、湘北高校帝拳高校にもモデルとされる高校があります)。
渋谷や東京タワーなど特定の風景が作品に取り込まれることはありますが、物語の核となる場所は独自の世界になるのが通例です。
マキヒロチ作品は、現実の世界のなかにフィクションの人物が登場するので、エッセイマンガとフィクションの中間地点に位置しています。
「おひとりさまホテル」や「吉祥寺だけが住みたい街ですか?」には実在するホテルや店舗を作中の人物が訪問し、単行本には各話で訪れたホテルや店舗の情報が掲載されています。
いくらレストラン「トラサルディー」の料理が食べたくなっても実際に行くことはできませんが、マキヒロチ作品に登場したホテルやお店には行くことができます。
そもそもフィクションは描こうとするテーマに集中しているから、「生活」の描かれる余白が少なく、実在の店舗を登場させた場合に浮いてしまい作品世界となじまないのも登場しない理由かもしれません。
例えば「SLAM DUNK」。体育館と学校以外で具体的に描かれた場所は、バッシュを買いに行ったスポーツ用品店くらい。赤木家で勉強する場面はありますが、部屋以外は登場していません(確か)。
実在の物を自分の作品に入れるか、自分で世界を組み立てるか、どちらを選ぶかは作品の内容や作者の方針によるので優劣はありません。
マキヒロチ作品は実在のお店を登場させることで、作品にリアリティが加えられています。
レストラン「トラサルディー」ほど振り切りもせず、実在の物を曖昧にするくらいなら、マキヒロチの覚悟を私は支持します。

マキヒロチ作品では、1話に1度登場する見開きページが鮮烈な印象を残します。
そこに登場人物の言葉は書かれていませんが、見開きに至るまでの20ページ前後を経ることで伝わってくるものがあります。
本作「おひとりさまホテル」の場合は、ホテルに与えられるものが「癒し」だけではなく、多様な感情であると教えられます。一人でホテルに泊まったから気づけたことであるとか、一人でホテルに泊まったことで考える時間が生まれたとか。
マンガとして生活を覗き見しながらも、全ての感情が言葉で書かれていないことから作中人物も独立した個人であることが確認できます。
マキヒロチ作品に共通する、この距離感を心地よく感じます。
マンガに限らず、全ての感情を言葉にしようとするわかりやすい作品が趨勢をしめるなかで、マキヒロチという作家は貴重です。