花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』


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東京の話であり、ヴィレヴァンの話でもあり、ひとりの女性の再起動までの話でもあり、男は女性をどう見てるかの話でもあり、ブックガイドでもあり、「夫のちんぽが入らない」に続く強いタイトルの作品でもある。私は自発的に本の情報を入手し、読む/読まないをある程度即決している。だから誰かに薦められても、全くの未知の本に出会うことはないだろうと思う。私と同じような状況の女性の言った「本の話ができて嬉しかった」との言葉が印象に残る。確かに誰とも本の話をしていない。

 読書メーターに登録した感想です。

多くの要素が含まれているので、読者ひとりひとりで読み方が異なるであろう作品です。

読書メーターでは文字数の関係で触り部分しか投稿できていないので、この「であすす」を少し詳しくまとめます。


① 東京
 私の住む地方で出会い系サイトで70人と会っていたら、直接の知り合いに会うことはないにしても、知り合いの知り合いには容易に会ってしまうでしょう。
 出会い系サイトで全く初対面の人に会えるのは東京だからこそです。

② ヴィレッジヴァンガード
 本書は著者がヴィレッジヴァンガードに勤務していたころの話なので、本書には内側から見たヴィレッジヴァンガードの姿が描かれます。憧れていたヴィレッジヴァンガードに入社したものの、徐々に書籍から利益のあがる雑貨中心の店になっていきます。
 ヴィレッジヴァンガードの店員は自由裁量でやらしてもらえてるのかと思いきや、上部の方針に乗りきれない著者のような人もいることがわかりました。

 私は「ヴィレヴァン」と略すけど、「ヴィレッジ」と略していては新鮮だった。
 
③ ひとりの女性の再起動まで
 夫との別居をきっかけとしたショック療法で出会い系サイトに登録し、何かフックをということでその人に合いそうな本を薦めることにしたのが物語のはじまりです。
 私小説なので驚くようなラストがあるわけではなく、ありふれたラストといえばそうなんだろうけど、自分の好きなことに向き合いつづけた結果のラストでした。物語としてはありふれているけれど、自分なら先送りしまくるだろうし、なかなか実行できることではないなと思う。

④ 男は女をどう見てるか
 話題のサービスであろうとなんであろうと出会い系サイトは出会い系サイトです。本を薦めます!とプロフィールに書いたって、体目当ての男が寄ってくるのは避けられることではありませんでした。
 序盤でセックス目当てで寄ってくる男の見分け方を出会い系サイトで出会った女性に教わります。

⑤ ブックガイド
 巻末には「本書ですすめた本一覧」として39冊の書名が載っています。
 著者は70人と出会っているから70冊は紹介したはずです。とはいえ、自身の体験を私小説に再編しているため、70人との出会いや薦めた書籍が全て網羅されてはいません。更に、ウェブでの連載では「サラリーマン合気道」(箭内道彦)を薦めるエピソードが載っていましたが、書籍では削られています。

 著者がヴィレバン勤務であるため、選書の傾向はヴィレバンに置いてあるサブカル寄りです。

 「本所ですすめた本一覧」に載っている作品のうち、私が書名あるいは著者を知らなかったものは、普段読まない海外小説3冊と「もろだしガールズトーク」のみでした。

 作中にも私と似たような女性が登場します。薦められた本を端から読んだことあると言い、主人公に冷や汗をかかせます。
 帰り際、その女性は「本が大好きなんですけど、ふだんわかってくれる人まわりにいなくて。こんなに本のタイトルたくさん出して、こんなにいっぱい本の話したのって初めてで嬉しかったです」と言います。
 そういえば、私は本を読むけれど、その感想を主観的にブログに綴ることはあるけれど、誰かと話し合うことはしていません。自分が読む本を読むような人は好きじゃないと思ったりする面もあります。

 終盤、ファミレスに行った場面で「料理がはこばれてくる」と何を食べたか濁しています。書名を具体的に書く流れで、料理名も具体的に書いて欲しかったです。


⑥ 強いタイトルの作品
 「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」というタイトルには「夫のちんぽが入らない」(こだま)以来の強さがあります。

 共通するのは、性的な興味を喚起するのもそうですが、それ以上に重要なのは「実体験を基にしている」ということです。作者にとっては物語へと昇華する過程で浮きあがってきたタイトルなのでしょうが強度を持っています。

 映画の宣伝で「感動の実話」が繰り返し使われるのは、「創作」より「事実」の方が訴求するためです。だからフェイクニュースは事実を装います。また、

 あの高崎卓馬の著書『表現の技術』に、「人は笑う前に必ず驚いている」と書いてあって、感情を動かすために必要な要素として驚きを挙げていました。

 実話ベースの作品は、時として創作以上の設定をこちらに投げかけてきて、「ちんぽは入るでしょ?」「ちんぽ入らない人と結婚したの?」「年に70人て多いな」「週に1人以上と新規で会ったの?」「会って、その先は?」といった驚きをもたらします。

 こだまさんや花田さんに創作と対立するつもりはないだろうけど、事実に重きが置かれる現在だからこそ世に出てきて脚光を浴びたのでしょう。

 NHK「プロフェッショナル」に取り上げられた「いわた書店」岩田さんが行っている「1万円選書」。
同じ選ぶでも岩田さんは求められて薦め、花田さんは勝手に薦めていました。方向性は異なれど、本への愛情が両者にあります。

 こんなに真剣に考えて誰かに本をすすめたことはなかった。相手のことを何も考えなくても、理由なんて何にもなくても、本はすすめられる。「とにかく自分が読んで面白かったから」というのはシンプルにして最強のおすすめ文句だし、雑誌や新聞で本をすすめること、もっと言えば店で本を並べて売ることだって、相手を特に限定せずに本をすすめていることだとも言える。
 でも、そうじゃなくて……。
 その人のことがわからないと本はすすめられないし、本のことも知らないとすすめられないし、さらに、その人に対して、この本はこういう本だからあなたに読んでほしいという理由なしではすすめられないんじゃないかとも思う。

 書店のポップは書店員が面白いと思った本に付けられていて、本屋大賞は書店員が売りたいと思った本に与えられる賞です。なので、「プロフェッショナル」に出演したご婦人のように「書店で薦められたのを読んだけどつまらなかった」と言う感想もあり得ます。

 Amazonのリコメンドは購入履歴から同じジャンルの本を選んで薦めてくるシステムです。しかし、東浩紀「弱いつながり」で指摘されていたように、このシステムに従い続けると読書傾向に偏りが生じてしまいます。

 私は自分で本を選べるけれど、本を選びきれない人がレコメンド機能に従って選んだとして、ハマれなかった時の耐性はできているのかと考えます。ハズレだと思って次に手を伸ばせる人はいいだろうけど、そこで止まってしまう人がいることも十分想定できます。

 花田さんは面会して1時間話し、岩田さんは長いカルテを申込者に書いてもらっており、本を選んで薦める前に、その人の人となりを捉えようとしていました。

 花田さん、岩田さんともに、本を媒介にしてコミュニケーションをとろうと試みています。「本を薦めます」というのがなかったら、花田さんは70人と出会えていただろうかと思います。「本を薦める」ことがなかったら、2,3人と会ってセックス目当てと分かって幻滅して終わっていたはずです。


 この「であすす」は「本」を媒介にしたから成立した話なのでしょうか。他の物でも成立するのでしょうか。自発性が必要で、読了までに時間がかかり、内面に影響する本だからこそ、成立しています。

 書店の延命する手がかりを示していると思うけれど、効率を考えたら手間がかかりすぎます。他の書店に浸透して実践する書店員が果たしてどのくらいいるのだろう、と外野から思います。


 読了して得たものがあるとすれば、困った時に「好きな物」が自分を助けてくれる、ということでしょうか。ありきたりだけど結局はここに行き着く。 

 

追記

過去に読んで書いたこのエントリとの比較についても書ければ良かったかと思う。

tabun-hayai.hatenablog.com