こだま『夫のちんぽが入らない』
明るい場所へ続く道が
明るいとは限らないんだ
出口はどこだ 入口ばっか
深い森を走った
足がちぎれても
義足でも
どこまでも
―― 宇多田ヒカル「忘却ft.KOHH」
悩んだ末に出た答えなら15点でも正しい
―― Mr.Children「CENTER OF UNIVERSE」
読みかけのまま別のことをしている時、読み終わった時に浮かんだ2曲の歌詞を引用して私の感想とさせていただきたい。
、、、いただきたいが、2017年を象徴していく作品の感想を引用に頼るわけにはいきませんので、少し。
ceroが14年12月にリリースしたEP『Orphans/夜去』。
収録されている「Orphans」は同人誌に掲載された「夫のちんぽが入らない」がモチーフになっているということがインタビューで語られていました。
高城 オレが好きなブロガーの方が、ミニコミに寄稿した「夫のちんぽが入らない」っていうエッセイがあるのね。彼女は不思議なめぐり合わせで男性と結婚したんだけど、その夫のチンポがどうしても入らない。そして、一時期、自棄になって出会い系サイトで知り合ったひととやりまくって、どうでもいいやつのチンポは入るのに、運命的に出会った夫のチンポだけは入らないのはどういうこと? みたいに悩む話で、そのエッセイの締めが「私たちが本当は血の繋がった兄妹で、間違いを起こさないように神様が細工したとしか思えないのです」っていう文章なの。オレはそれにガッツーンときて、泣けて泣けて。そのブロガーの方に「僕はこれを歌にします!」っていう熱いDMを送ったりして。
――では、やはり、そのエッセイもモチーフのひとつではあるんだね。
高城 はい。「Orphans」に関してはニュースではなく、そういう、個人的体験を書いたエッセイがいちばんの源になっていますね。
(16年2月にリニューアルされた『Quick Japan』124号から、こだま「Orphans」という連載がはじまっています)
読み終えて、印象に残る場面は、大学進学のためアパートに入居する日の出来事です。
私は入居した日に最初に声を掛けてくれた青年と、のちに結婚することになる。
その人は同じアパートの住人だった。
入居した日にカラーボックス作りを手伝ってくれて、教科書を何冊も譲ってくれた青年は、その日23時をすぎても主人公の部屋でくつろいでいました。
印象に残る言葉は、夫が主人公について語る言葉、主人公はどういう人間であるのかを夫が評している言葉です。2ヶ所出てきますが、その引用は避けます。主人公がとても大切にしていると思わせる言葉です。
妊娠できるのは当たり前のことではないのに、子どもがいないことは気の毒に思われてしまいます。
「子どもがいないことが気の毒なこと」という空気が漂う中で、子どもを持たない事を選んでいる夫婦があります。この空気が自分のなかにもあることに気づいてドキッとします。
結婚していない理由は巡りあわせが悪い、という理由に収束されるけれど、結婚している夫婦に子供がいない理由はいくらだってあります。夫婦関係がギクシャクしてるなら離婚してるでしょうし。
自分以外の夫婦が子どもを持つかどうかについては、何をどう思おうと、立ち入ってはいけないことです。
結婚すると「子どもはまだか?」と聞かれます。私個人が言われる分には社交辞令として受け止められたので苦痛ではなかったけれど、夫婦のなかで決断をくだした後でも言われることがあります。
ジャネット・ジャクソンが50歳で妊娠したそうだから、恐らく50歳までは出産しないのか?と聞かれることを覚悟しなければいけない世の中になっています。
この本の軸は2本あります。
ひとつは題名にあるとおり、ちんぽが入らない夫との関係であり、もうひとつは他者との関係。
夫婦は教職についており、2人とも真剣に目の前のこどもたちと向き合おうとします。
妻はこどもと関係を築けず心を崩し、夫は同僚のなかで浮いてしまい心を崩します。心を崩してなお、向き合い方が足りなかったと妻は嘆きます。
2本の軸に共通して、理想通りの、教科書通りの生き方をできないため、自分に欠陥があると主人公は悲観にくれます。その悲観は解消していないけれど、欠陥を受け止めるまでの物語でした。
「戦いにこだわって 敗れ行く定めだとしても 移ろうこの世間にゃあ ズレてる方がいい」と励ますには壮絶な物語でしたが、この物語が世に出てきてくれたことは励みになります。
壮絶な経験がなければ本を書けないのか?と思うことはありますが、壮絶な経験をした人にとって、最後の砦としての「文学」を取り戻した作品だと思います。
16年末に毎日新聞に松尾スズキによる書評が発売に先行して掲載され、発売後に多くの人が感想を綴っているのを見ました。2017年を代表する1冊になるのは間違いないでしょうが、世の中を変える一冊になっていくことを信じています。