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石塚真一『BLUE GIANT』は誤解されている

※ 読み直すと本題にはいるまでが長かったので、書き直しました(2017年3月)

tabun-hayai.hatenablog.com

 

石塚真一BLUE GIANT(ブルージャイアント)』が「マンガ大賞2016」で3位にランクインし、私には不満が生まれました。 

そもそも「マンガ大賞」とは「1月1日から12月31日まで間に単行本が発売された作品のうち、最大巻数が8巻までのマンガ作品」を対象にした賞です。2016年3月に8巻が発売され、年間で3巻程度が出版される『BLUE GIANT』は今回が最後のノミネートということです。 

私の抱く不満は、マンガ大賞を受賞しなかったことや3位という順位に対してではありません。

マンガ大賞の公式HPを閲覧すると、ランクインした作品だけではなく、エントリーされた作品まで含めた作品の「選考員コメント」を確認することができます。全96ページのPDFをダウンロードして確認する一般人がどれほどいるかわかりませんが、普段書評の掲載されないマンガ作品の評価のされ方を知れる機会ということで、『BLUE GIANT』部分を試しに確認し、私は不満を抱くことになりました。 

つまり、私の抱いた不満は『BLUE GIANT』に対する感想や評価コメントが、私の感想と隔たりがあることに対してです。わかってねぇな、と。

1次、2次選考合わせて計43件のコメントが掲載されています。43件を確認すると、「音」と「青春」について注目されていることが分かります。

まずは、「音」について。

「まるでマンガの紙面から音が流れてくるような臨場感」「音を描くマンガとしてはのだめ・ピアノの森以来ハマりました」「漫画って音でるんだっけ?って思えるくらいに音楽が聞こえてくる漫画です」などなど。

「漫画から音が流れてくる」。ハロルド作石が『BECK』で確立させた、演奏時に吹き出しを作らず、演奏シーンを1枚の絵のみで描くことで(読者が音を補完し)音が流れているように錯覚させる手法が『BLUE GIANT』でも出てきます。

BECK』や『ピアノの森』といった音楽マンガの金字塔が建てられ、「音が聞こえる」は音楽マンガとして最低限クリアすべきラインになっています。

コメントのなかに「音楽マンガは数ありますが、ページをめくりながら、ここまで耳の奥底にJAZZが流れてくる作品を私は他に知りません」というものがありました。『坂道のアポロン』をご存じないようで、断定するには不勉強であると言わざるを得ません。 

もうひとつの、「青春」について。

「いつ読んでも、ほとばしる熱い思いに果てしないエネルギーをもらえます」「たったひとりでラッパを吹いてた時代より、仲間ができた今のほうが断然いい」「とにかく熱い。JAZZの熱さと青春の熱さによるグルーブが、目頭まで熱くしてくれる」などなど。

これらのコメントが示す「熱さ」とは、主人公である宮本大の「熱さ」のことです。「熱さ」でいえば、新井英樹『宮本から君へ』や花沢健吾ボーイズ・オン・ザ・ラン』の発する「熱さ」の前では純粋すぎますし、純粋な熱さという観点では曽田正人め組の大吾』という金字塔がそびえ立っています。

前置きが長くなりました。

私は『BLUE GIANT』の何が素晴らしいと考えているのか?

それは「お金(金銭感覚)」が描かれていること。このことが描かれていることによって「登場人物の生活する世界」と「私の生活する世界」が地続きであると認識させられるのです。

BECK』は釣堀でバイトしてる割には生活に困ってなさそうで、『ピアノの森』の主人公・カイは「森の端」という被差別地域を思わせる出身だけれども援助を受けることができていて、違う世界の出来事として読んでいました。 

しかし、『BLUE GIANT』は違います。

主人公・宮本大の使用する楽器は、少し年上の兄が初任給の残りを頭金にして36回払いのローンを組んで買った51万6千円のテナー・サックスです。

宮本大が仙台から上京して組んだ「JASS」。7巻に収録された第50話で、初めてもらったギャラ3万円の使い道が描かれます。

ギャラの3万円を「JASS」の3人で、1万円ずつ分け合います。

ピアノの雪祈はお世話になっているジャズバーの店主と母親に花を贈り、ドラムの玉田はドラム教則本とドラムの先生への御礼として缶ビールを買います。

そして、宮本大。

 雅兄ィは、オレに店で一番いいサックス買ってくれたんだよな。すげえよな、、、初任給で何十万のローン組んだんだもんな、、、オレは、、、できねえ。同じことは、、、できねっちゃ。オレは自分のため、、、オレ自身のために金を使わなきゃ。

というモノローグの後、「俺が今引き落とせるのは、、、ギリで4万円」というセリフとともにATMからおろした4万円とあわせて税込49,800円のフルートを買い、妹の住む実家に宅配便が届けられます。

また、別の場面では、電車内で隣に座った宮本大がサックスのケースを持っているのを見て、右隣に座ったおじさんが話しかけてきます。そのおじさんは500円玉貯金をしてトランペットを買い、歯の矯正をしたことを話します。話しの流れで合同練習をすることになり、おじさんの演奏を聴きます。「中の上」を自称した腕前に、「ものすごく下手だけど、楽器と合っている」という感想を持ちます。

ジャズ・トリオ「JASS」に目をつけたレコード会社のジャズ担当・五十貝は、最低7,000枚以上売れると見込んだ新譜CDの初出荷枚数が1500枚だったことを同僚に愚痴ったあと、以下のやり取りがありました。

 「なあ、五十貝。お前、このアルバム聴いたことある?」

 「当たり前じゃないですか。誰もが知ってる名盤すよ。」

 「これ20年前は3,600円で売ってたのよ。1枚で3,600円。ま、それだけの中身があるレコードだったしな。このアーティストのアルバムを5枚買うと、ドーンと18,000円。でも今は、こうして5枚まとめて、ハイ千円だ、千円だー!ジャズの名盤5枚で千円だよー!!」

 「それがナニか?」

 「いや、、、だからさ、オレも大好きなジャズの仕事につけたはいいが、ショックですよ。オレが昔必死で集めたレコード達をまとめて千円で売ってんだもん、、、このオレがさ。」

CDショップのジャズの棚で見つけた『BEST OF BLUE NOTE』という3枚組45曲収録のCDは、輸入盤ですが、1,000円でした。

その後、五十貝は販売部に枚数増を頼み込み、500枚増の2,000枚で落ち着きました。

 

  今まで何万人がジャズプレーヤーを目指して。でも、なれない。そういう世界だと思います。それにジャズは一生同じメンバーで演るものじゃない。組む人間はどんどん変わっていくものです。

才能あふれる主人公はいつだって純粋な自信家なのが付き物です。しかし、『BLUE GIANT』において、才能ある人物として描かれる主人公にはジャズの世界に、冷静な認識を持って対峙していこうとしています。

ジャズの世界で生きていくことは簡単ではないが、それぞれの立場からジャズに向かい合って、ジャズに寄り添っている人たちの姿を『BLUE GIANT』は伝えてきます。

BLUE GIANT』とは、このような作品です。

 

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