「マイ・ウェイ 東京ダイナマイト・ハチミツ二郎自伝」

読み終わって「自伝」とは何かを考え、「自分が伝えたいこと」と定義した。

「自伝」の反対側には、「伝記」や「評伝」がある。

坪内祐三の「慶応三年生まれ七人の旋毛曲がり」や「探訪記者 松崎天民」、最近では「嫌われた監督」(鈴木忠平)、「出禁の男 テリー伊藤伝」(本橋信宏)、「明石家さんまヒストリー」(エムカク)、「2016年の週刊文春」(柳澤健)なども「伝記」や「評伝」に含まれると考える。
ルポルタージュに近いが、もう少し長期間をかけて対象に迫ったのが「伝記」や「評伝」だと考えている。

また、「自伝」には自分が書いたものと、本人が話し聞き手がまとめたものに区分けされる。後者の例としては「成り上がり」(矢沢永吉糸井重里)、「松本坊主」(松本人志渋谷陽一)、「くるりのこと」(くるり・宇野維正)がある。

 

さて、「マイ・ウェイ」。

本書はハチミツ二郎自身が書いた自伝。

他者の介入した自伝なら、「ロッキング・オン・ジャパン」の20,000字インタビューのように聞き手が幼少期から半生を辿っていくので、聞き手にイニシアチブがある。

構成も、他者が介入しているため、半生を漏らさないものになっている。

しかし、「マイ・ウェイ」。

ハチミツ二郎の情報が、蒼井そらと付き合い、メロン記念日と結婚したモテる人というところから更新されていない自分にとっては、自分の知らないことしか書かれていない自伝であった。

ハチミツ二郎自身の伝えたいこと、吐き出さずにはいれなかったことのみで構成されているから、読者への補助線として田崎健太による前書きと解説が挟まれている。

自伝や評伝を読む際は、自分の半生と比較しながら読むことになる。同じ作品に影響を受けた、この空気感わかるなぁ、こんなに若くてこんなに凄かったの、とか。

読んでいて「これは何年の出来事で、そのときハチミツ二郎は何歳だったんだ?」という情報に乏しく、自分を投影することはできないまま読み終えることになった。何年という記述は入院時などに書かれていたが、「何歳の時だった」ということは一切書かれていなかった。きっと、想像以上に若かったんだろう。

構成にも他者が介入していないため、だいたい4,5ページで区切られていくなかで、大仁田厚との対戦についてのところは30ページ割かれていた。なんていびつな構成だろうか。

 

「自分の知らないことしか書かれていない自伝」と書いた。

心不全(?)での入院、オフィス北野からオスカーへの移籍、吉本興業への移籍、ビートたけし立川談志松本人志に目をかけられたこと、サンドウィッチマン伊達、ニューロティカらとの交流、M-1グランプリTHE MANZAI長州力との新幹線車内、大仁田厚との対戦、コロナ罹患、腎移植、透析、離婚、亡くなった3人の先輩。

一方で、AVへの出演、モテてきたこと、蒼井そらとの交際、メロン記念日との結婚と離婚、再婚、娘の誕生については書かれていなかった。

 

冒頭と最後の闘病記が日記形式で克明に書かれているため印象に残る。離婚に至るやりとりは細部を省略されて進むため、まだ客観視できなかったのか、別れた妻への気遣いがあったのだろう。

 

マイ・ウェイ」というタイトルにはありきたりな印象を受けたが、読み終えたときは「マイ・ウェイ」とつけた理由に納得がいった。英語だと軽い印象になるから、ずっしりと「俺の人生」「俺の半生」「俺の道」など芯をくったタイトルにしても良かったのに、と思う。