坪内祐三「玉電松原物語

2020年1月に急逝された坪内祐三さん。
坪内祐三さんの著作は、大きく3つにわけることができる。「本、古本、書店」と「明治・大正」、そして「東京」。
坪内さんの著作、連載を追いかけていたが、地方在住の私にとって最も遠かったのが「東京」についての著作でした。
森山裕之編集長時代の「クイック・ジャパン」に連載されていた『東京』や、『極私的東京名所案内』なども読みはしたものの、、、。

小説新潮」での連載中に坪内さんが急逝されたため、未完の遺作として2022年10月に刊行されたのが『玉電松原物語』。
予約注文して入手したものの、遺作であり、東京ものであることから読みだすことはなかった。
3年が経ち、ようやく読みはじめた。職場に持ち込んで、昼休憩時に1篇ずつ読み進めた。

読み終えて思うのは、その文章の心地よさ。
生前は「読書日記」を目当てに「本の雑誌」を定期購読していたので、毎月1回は坪内祐三さんの文章に接していた。「週刊文春」を立ち読みすれば「文庫本を狙え」が載っており、時には新刊が出て、時には雑誌への寄稿や文庫の解説もあった。
亡くなられた年は追悼する刊行物がいくつかあったものの、ここ1年2年は坪内さんの文章と接していませんでした。
玉電松原物語」を読んで、その文章の心地よさを思い出しながら、坪内さんの紹介する本が魅力的だったのではなく、坪内さんの文章自体に熱中していたのだと今さら気づかされました。

「東京もの」なのに飽きずに読むことができたのは、本書「玉電松原物語」には無くなった街の思い出が書かれているからです。
身体的な成長も加わり、5年10年で商店街や、家の周辺の風景は変わります。
今は「シャッター街」が当たり前の風景ですが、本書で描かれているのと近い商店街は、かつてどこの地方にもあったはずです。
おもちゃ屋があり、デパートがあり、たい焼きを売っている店があり、書店だって2軒あった。読みながら、小学生のころの街のことが思い出されてきました。

本書の巻末に掲載された吉田篤弘さんの解説には坪内祐三さんは新しい世界への扉のような存在だったとありました。
坪内祐三さんの書評により新しい世界を見ることができました。
遺作となった『玉電松原物語』は読み手の過去へ通じる扉でした。

自身の本が書評で取り上げられないという坪内さんのぼやきを読んだことがありますが、本書の書評をネットで幾つも読むことができます。
岸本佐知子(赤堤小学校の後輩)、江木裕計(本書の担当編集者)、壱岐真也(「en-taxi」創刊編集長)、戌井昭人(本書で触れられる連載は『さのよいよい』として刊行される)といった著者に馴染みのある面々だけでなく、渡邊十絲子与那原恵江上剛という坪内さんとの面識があるわけではなさそうな方々まで(江上剛経済小説ばかりなので読もうとも思わなかったですが、良い書評だったので、少し見直しました)。
遺作となったためもあり、どの書評にも追悼の雰囲気がありました。

今後も単行本化されていない文章が何らかの形でまとまることを期待しますが、遺作『玉電松原物語」を読み終えてしまったため、ここで一区切りとなってしまいました。
どうもありがとうございました。