「君のクイズ」小川哲

本庄絆の伝説の一つに、歴代ノーベル文学賞受賞者の完全回答というものがある。

『超人丸』のコーナー、「第三回知能超人決定戦」での出来事だった。十五分の時間制限で、ノーベル文学賞受賞者の名前を可能な限り書け、という多答問題が出題された。本庄絆は解答時間を三分残してすべての歴代受賞者の名前を書いた。

その瞬間のスクリーンショットを当時の僕はSNSで見た。率直にすごいと思った。自分なら何人くらい書けるか想像してみた。六十人くらいだろうか。七十人を超えることはない。どうやったら百人以上の名前を十分間で正確に書けるのか、まったくわからなかった。

ノーベル文学賞の受賞者を自分は何人を挙げることができるだろうか?

まず、日本人受賞者である川端康成大江健三郎。近年で話題になったボブ・ディランカズオ・イシグロ

あと、ヘミングウェイ。先日「老人と海」の新訳版が出版されたので毎日新聞に書評が載っていました。そのなかで、ノーベル文学賞は活動全般に向けられるが、ヘミングウェイは「老人と海」という特定の作品が受賞対象になっていた、と書かれていたので覚えていました。

あとは、誰がいるのか?ナボコフカポーティ?ケルアック?クンデラ

確信もって解答できるのは5人でした。

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生放送のクイズ番組「Q-1グランプリ」で決勝に進出した三島伶央は、対戦相手・本庄絆が最終問題でまだ一文字も問題が読まれないうちにボタンを押して正解したことの理由を探っていくというのが「君のクイズ」の本筋。

クイズ番組を舞台とした作品といえば、映画「スラムドッグ$ミリオネア」のことが思い浮かびます。

スラムドッグ$ミリオネア」は回答者が1人の4択クイズ。一方、本書の「Q-1グランプリ」は対戦者のいる早押しクイズ。

スラムドッグ$ミリオネア」は語り手とクイズの主役が同一人物です。一方、「君のクイズ」は決勝で負けてしまう主人公の目線で、クイズの主役である本庄絆が正解できた理由を探っていきます。

ミステリー?バトルもの?人生ドラマ?ジャンルは、たぶん「面白い小説」だ。

本書は複数のジャンルを内包する作品ですが、佐久間宣行さんが帯で書いていることだけではなく、クイズプレーヤーの思考についても含まれています。

僕は当たり前の前提に気がつく。

クイズに正解できたときは、正解することができた理由がある。何かの経験があって、その経験のおかげで答えを口にすることができる。経験がなければ正解できない。当たり前だ。

クイズに答えているとき、自分という金網を使って、世界をすくいあげているような気分になることがある。僕たちが生きるということは、金網を大きく、目を細かくしていくことだ。今まで気づかなかった世界の豊かさに気がつくようになり、僕たちは戦慄する。戦慄の数が、クイズの強さになる。

私がノーベル文学賞受賞者としてヘミングウェイが浮かんだのは、新聞で「老人と海」の新訳の書評を読んでいたからです。

芸能人の出ているクイズ番組は、回答者のことを「ただ知識を入れているだけじゃないか」と思って見る気にもなりませんが、本流のクイズプレーヤーはこういうリリカルな見方をしているのかと考えを新たにしました。

また、引用したクイズについての言葉は、「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。」という野村克也の考えを真っ向から否定するかのような言葉です。

しかし、2つの文章は主語が異なります。「勝ち」と「正解」。

「勝ち」は対戦相手との勝負ですが、「正解」は問題作成者の意図を汲めたかどうかです。

これ以上は本書の核心に触れてしまうので控えます。

「読了後、世界のすべてがクイズに見える」と新川帆立さんは書いています。

「クイズに見える」とはどういうことでしょうか?

過去の経験に再会することであると私は解釈しました。

してきた選択や得た知識、体験したことといった過去の経験で今の私が作られているのだと感じました。

今なんとかなっているのは過去自分のおかげで、今きついなと感じるのは過去自分のせい。

これからの生き方を解像度高く過ごせそうな読書体験でした。

書き漏らしたけれど、「誤答」との向き合い方も取り入れたい見方でした。

 

〈 「君のクイズ」の両側に並べたい作品 〉

映画「スラムドッグ$ミリオネア」は外せない。

もう片側には未読であるが、「ファスト教養」(レジー)か「史上最大の木曜日 クイズっ子たちの青春期1980-1989」(戸部田誠)を並べたい。

「ファスト教養」に似ているようで、対抗している立ち位置が「君のクイズ」では描かれているし、「君のクイズ」の前提となる歴史が描かれているのが「史上最大の木曜日」です。

2冊とも読んでいないので、読んで答え合わせをしたい。