小西マサテル「名探偵のままでいて」

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「エンターテインメントを第一義の目的とした広義のミステリー」を募集対象とした文学賞このミステリーがすごい!」大賞の受賞作。
例年の受賞作と比較して刊行前から大きく注目され、地方の書店でも大きく展開されている理由は文学賞への信頼もあるでしょうが、著者の経歴にもよるのでしょう。
著者・小西ヤステルはラジオ「ナインティナインのオールナイトニッポン」の放送作家をしていること。そのため、帯には「応募前の原稿を一気読み!“最初の読者”にして“戦友”」として、岡村隆史が推薦コメントを寄せています(一気読みしたかどうかは作品の質に関係ないと思いますが)。

本書を簡潔に紹介するには、巻末に掲載されている選評を引用するのが近道。
つまりは、「レビー小体型認知症を患う老人が安楽椅子探偵をつとめる“日常の謎”系の本格ミステリー連作」(大森望)。
第1章は祖父の病状説明や人物紹介がなされ、終章では第1章から第5章の間に残された未解決の謎や違和感が解消されていく、理想的な連作短編集。

また、香山二三郎の書くように「マニア心をそそられる傾向と古典作品へのオマージュ」が行われています。
ミステリには密室、喪失などのジャンル分けがあります。
本書の安楽椅子探偵・祖父(名前は明かされない)と助手役の孫・楓は、ともにミステリマニアであるため、日常の謎に対して、「これはこういうジャンル」ですね、と大枠を読者に提示してから謎解きがはじまります。
謎解きの方法も、大半のミステリ小説は一直線に解き明かされる印象
ですが、本作では複数の案も提示されるところに特色があります。

私はミステリには疎く、年に読んでも年に数冊程度。そのため、瀬戸川猛のことも知らず、架空の人物かと思って読んでいましたが、巻末の参考文献に名前があり、実在の人物かと驚きました。
ミステリに詳しければもっと楽しめたのかと思いますが、知らなくても十分に楽しめる筆力があり、グイグイと読み進めることができました。

「だいたいミステリがそうだろうが。結末でスカーッと解決するからこそ面白いんだろ?」
「いえーーそうでもありませんよ。ミステリの世界には、結末がないまま終わってしまう、“リドル・ストーリー”っていうジャンルもあるんです」
(中略)
謎物語ものーー
結末を読者の想像に委ねるという特殊なスタイルだけに、着地がうまく決まらないと尻切れとんぼのような印象を与えてしまう、書き手にとっては難しいジャンルとされている。

 

このように書いているだけあって、リドル・ストーリーとして本作は閉じられます。キャラクターがしっかりしていたので、上手く着地していると思いました。
読みやすく、楽しい読書体験となりました。

応募時のタイトルは「物語は紫煙の彼方に」。単行本化に際して「名探偵のままでいて」に改題されています。確かに「名探偵のままでいて」の方が引きのあるタイトルであると感じました。

紹介される作品はどれも面白そうで、1作は読みたくなることでしょう。
私は読んでいる途中で「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、まして雨の中となるとなおさらだ」と引用されるハリイ・ケメルマンの「九マイルは遠すぎる」を注文し、読後は「古畑任三郎」のDVDコレクションをカートに入れました。

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祖父は碑文谷(目黒区)在住で、楓は弘明寺横浜市南区)のワンルーム・マンション、楓の同僚・岩田先生のは井土ヶ谷(横浜市南区)の木造アパート暮らし。
地名も具体的な記載があるので、土地勘があれば、さらに楽しめたのだろうと思います。


第1章 緋色の脳細胞
ジャンル:日常のなかのミステリ

・言及される作品
瀬戸川猛「シネマ免許皆伝」
ルルー「黄色い部屋の秘密」
チェスタトン「奇妙な足音」
江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」
ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」
「灰色の脳細胞」(エルキュール・ポワロの口癖)

第2章 居酒屋の“密室”
ジャンル:密室殺人もの

・言及される作品
ジャック・フィニィ「クイーン・メリー号襲撃」
ロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘
ディクスン・カー「四つの凶器」
アガサ・クリスティ「ポケットにライ麦を」
アガサ・クリスティ「死が最後にやってくる」


第3章 プールの“人間消失”
ジャンル:人間消失もの

・言及される作品
江戸川乱歩「カー問答」


第4章 33人いる!
ジャンル:人が増える(ジャンル名不詳)

・言及される作品
萩尾望都「11人いる!」
横溝正史「獄門島
ジェイコブズ「猿の手


第5章 まぼろしの女
ジャンル:幻の女もの

・言及される作品
ヒラリー・ウォー「事件当夜は雨」
ヒラリー・ウォー「失踪当時の服装は」
ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」
ディクスン・カー「B13号船室」
三谷幸喜「古畑、風邪をひく(古畑任三郎)」


終章 ストーカーの謎
ジャンル:解決編+リドル・ストーリー

・言及される作品
F・R・ストックトン「女か虎か?」
ジャック・モフェット「女と虎と」
加田伶太郎「女か西瓜か?」
生島治郎「男か?熊か?」
E・A・ポー「モルグ街の殺人」


最後に注文をつけたいのが、装丁というか造本。
読んでいたら裏表紙の紙がボコボコになってしまったのが残念。

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